こんにちは、アメリカに駐在員のきーさんです。
駐在に来る前に長い間悩んでいたのが「自分がなにをやりたいのかわからない」問題
- 自分が何がしたいのかわからない
- けど何に打ち込んでいいのかわからない
という悩みです。
自分は結構長い間、このモヤモヤに悩まされてきたのですが、最近ようやく解決のヒントのようなものが見えてきたので文章で残しておきたいと思います。
まずはバックグラウンドから
現在30代前半の機械系エンジニアで、もともとモノづくりが好きで機械系メーカーに就職しました。
会社では研究開発部門に配属され、基本的に自分が想像していた姿に近い進路を歩んできました。また現在は、駐在員として妻と2歳の息子とアメリカで生活しています。
「希望通りの職種についてなんの文句があるんだ」と思われるかもしれません。
確かに現在の仕事はイヤじゃないし楽しい時も多いんです。でもなぜだか心の底に「自分は何がしたいんだろう。」「本当にこのままでいいんだろうか」という漠然としたモヤモヤをいつも抱えていました。
「自分が何をやりたいのかわからない」問題
何をやりたいのかわからない問題の根深さ
この問題の根深さは、いくら悩んでいてもなかなか解決できないところだと思います。少なくとも私はいくら自問自問したところで、答えを出すことはできませんでした。
自分が気づいていないだけなのか、まだ熱中できるものに出会っていないのかわからず、「外的なきっかけ」を探していたように思います。
例えば当時から流行っていた堀江貴文さんや西野亮廣さんを中心に色々なビジネス書籍を読み、
- 「とにかく行動!!」
- 「やりたいことをやればいい」
- 「やりたいがないっていうやつは、自分で諦めているだけだ」
という主張に強く共感し、オンラインサロンなどにも入ってみたりすることで、確かに多くの刺激を受けました。
一方で何かに打ち込んでいる人を目にするたびに、華やかな実績を出している人を見るたびに、「何者かになりたい!」という気持ちと「自分には一体何が出来るんだろう、、、」という理想と現実とのギャップに落ち込んだりすることも度々。。。
この記事にもほんの少しだけ書きましたが、そんなパッとしない状況を打開したいと考えて、駐在を打診され決意したという面も実はあったりします。
悩みまくった末に今思うこと
そんなモヤモヤを本当に長く患っていたんですが(今でもたまにハマるけど笑)、最近あることに気がつきました。
それはいつの間にか
- 「熱中できることを見つけないといけない」
- 「何者かにならないといけない」
と思い込んでしまっていたこと。
しかも自分の場合、なぜか収入UPに繋がったり、人に称賛されそうなことに限定して探していたように思います。
謎の義務感や、おかしな条件がついていたら見つかるものも見つかりませんよね。
この思い込みをしてしまったのは、いわゆる承認欲求が原因ではないかというのが自分なりの分析です。
特に最近は「これからは個人の時代」、「貨幣経済から信用経済へ」、「一億総クリエイタ時代」などと言われ、他人から認められることの重要性が強調されているように思います。
「他の人から認められたい」という承認欲求がモヤモヤの根本的な原因であることに気が付かず、「自分は何がしたいんだろう」と自問自答しても永遠に闇の中で迷子になってしまう。
多分、自分と同じような原因で悩んでいるしている人が結構多いんじゃないかなと勝手に想像しています。(特に20代・30代の方)
このモヤモヤを解決する為には、まず無意識に他人から押し付けられてきたバイアスに気づく必要があるというのが私の現在の考え方です。
「何か立派なこと・熱中できるようなこと・素晴らしい事」なんて別にしないといけない訳ではない。(むしろそう思ってしまっていては、本当に熱中できることなんて見つからないんでしょう、多分。。。)
逆に、これまで何気なくしている事や日常に目をむけて、ゆっくりと味わってみるのが幸福度が高まっていい感じだなーと実感しています。
- どんな時に心が動いて、楽しい・幸せと感じるのか
- ずっとやってるけど惰性でやってるだけで、意外と楽しんでないなとか
(僕はついついYouTubeみたりゲームしたりしちゃうんですが「そんなに楽しくない」けどやってる時あるんですよね。不思議と。)
こうやって自分の心を一歩引いて観察する事で、小さな幸せに気づきながら「自分の好きなこと」に近づいていけるような気がしています。
またそれとは別に、「もっとお金が欲しい!」などの根源的な欲望を発見したのであれば、「やりがい」などいうきれい事とは切り離して、愚直に・真剣に転職や副業などに取り組めばいいんだと思います(それはそれで立派な自分の価値観なので笑)
これらを無意識に(または変に賢く)両立しようとするから問題が複雑になって解けない原因となってしまっていました。
実践していることとや息子との関わり方について
現在、私がやっていること
最近、過去に一度挫折したプログラミングの独学を再開しています。
過去に挫折してしまった原因は、「やりたいこと」が特にないのに「できた方が良さそう」「スゴい!っていわれそう」という理由で始めてしまったことでした。
プログラミングの道のりは長く、成果と言えるものを作れるようになるまで根気がつづきませんでした。
でも頭のどこかで「もう一度やってみたいな」という気持ちが残っていたのに気づき、再開したんです。たしかに地道ではあるんですが、「評価されること」が目的ではなくなったので、
- できなかったことができるようになる楽しさ
- ささいなバグで詰まっていたのを解決したときの喜び
を楽しめる余裕ができたのか、今のところ順調に進められています。(またプログラミングについての記事も書いていきたいなと思ってます。)
息子とのかかわり方
長い間、「自分のやりたいことってなんだろう」と悩みすぎていたので、子どもが生まれた時から「こどもにはこんな悩みは持って欲しくないなぁ」と思っています。
- コレは素晴らしい
- アレには価値がない
なんてバイアスを与えたくはないけど、でも好き放題やりたいことをさせれば良いわけでもないし、、、
具体的な方法は分からず、ただ「色々な経験をさせてあげて、刺激を多く与えて上げるのが良いのかなぁ」くらいのざっくりした考えでいました。
そんなことを考えたり考えなかったりしている中、ある動画の中で落合陽一さんが「幼少期の教育で良かったと思うことはなんですか」と言う質問に対して「親が他の子と違うことを認めてくれたこと」だと語っているのを聞いて「これだな」と妙に納得した感覚がありました。
他人と違ったとしても本人の人格を認める。
認めた上で、対話しながら息子が将来を描く応援をしてあげたいなと思っています。